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2009.09.29

ライター追記@『ヤスミン・アーマド監督の描いた世界』

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★ 海外発コラム★  『ヤスミン・アーマド監督の描いた世界』
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                                  TEXT by Reiko

 トレキャ!シネマ番付(09.09.29号)に掲載のコラム
『ヤスミン・アーマド監督の描いた世界』のライター追記です。
(コラム本編は上記メルマガでお読みいただけます)

                    ◆
              
アジア映画に造詣が深い方を除き、「ヤスミン・アーマド」と言われてもピンと
来ない方がほとんどでしょうね。日本では劇場公開作品が1本もなかったそう
ですから、無理もありません。

でも彼女は、2005年の東京国際映画祭で最優秀アジア映画賞、
フランスで開催された国際女性映画祭で最優秀作品賞を受賞した『細い目(Sepet)』や、
ドイツ、インドネシア、フィリピンなどでも高く評価された『ムクシン(Mukshin)』など、
6つの映画作品や数多くの名作CMを通し、
観る者の心を動かした映画/テレビCM監督でした。

・初期4作品(『ラブン(Rabun)』『細い目(Sepet)』『グブラ(Gubra)』
 『ムクシン(Mukshin)』の簡単な作品紹介はこちら 
 
・上記4作品のトレーラーはこちら
  
その作品に反映される公平で優しいまなざしやユーモア、さりげなく前向きな
姿勢、純粋さ…、運良く彼女の映画やCMを観ることができた方の中に、
熱烈なファンが生まれたのもまた無理からぬことでした。

その結果、アジアの新進監督としては異例とも言える回顧展的作品上映会が、
東京国際映画祭、ロッテルダム国際映画祭、ハワイなどで開催され、
大きな注目を集めていたクリエーターだったのです。

彼女のあまりに早過ぎる死を受け、新聞やインターネットには、マレーシア
のみならず、英国、日本、シンガポール、ニュージーランド、オーストラリア、
インドなどからも追悼のメッセージが続々と寄せられています。

実はマレーシアでは、監督の第5作目 『ムアラフ -改心 -』は、
公開されていません。
何度か修正を加えることで検閲はパスしているそうですが、
敬虔なイスラム教徒のマレー系女性とミッション系スクール教師の
中国系男性の交流や、主人公の女性とその妹が父親の虐待に耐えられず
家を出たという設定が、「マレー系の品位を貶めている」という過剰反応を引き
起こすのを、興行サイドが警戒したといったところなのではないでしょうか?

シネマ番付のコラム本文にも書いたように、マレーシアは、イスラム教徒が
多い国ではありますが、連邦としては穏健なイスラム教徒が率いる第一党を
中心に、「民族間の相互尊重と信頼に基づく国民の結束」を掲げる連合政府が
治めています。でも、マレー半島東海岸ではより原理主義的なイスラム教徒を
中心とする政党が州政府を率いていますし、逆に、ボルネオ島のサバ州や
サラワク州では非イスラム教徒の先住民族系が多数派を占めているのです。

こうした地域差はありますが、よほどお付き合いの幅を限定している家族を
除けば、各民族の主な祝祭日(イスラム教徒なら断食明け大祭ハリ・ラヤ、
中国系なら中華正月、ヒンズー教徒ならディーパバリ、
キリスト教徒ならクリスマス、サラワクやサバの先住民族系なら収穫祭)に、
互いの家を訪問し合い、お祝いの言葉を掛けるのが、恒例です。

こうした心温まる光景を目の当たりにして、マレーシアという国に好感を
抱かない外国人はまずいないでしょうし、絶対多数のマレーシア人にとって、
多民族の平和的共存はお国自慢の最たるものであることは間違いありません。

では、そんなマレーシアで、なぜヤスミン・アーマド監督は「物議を醸す」
と形容されることがあったのでしょうか?テレビCM作品を例に2つほど
挙げてみましょう。
 
まずは、私もよく覚えている独立記念日の白黒CMです。
5歳位の男の子が朝早くお父さんに揺り起こされます。
一応立ってはいるのですが、まだ半分寝ていると、頭からバケツの水が
掛けられ、身震いする男の子。あれよあれよという間に一張羅に着替え
させられた彼はお父さんと一緒に、大勢の人達と同じ方向へ向かっています。
場面変わって、大きな広場で誰か偉い人が「ムルデカ!ムルデカ!」と、
こぶしを空に突き上げ叫んでいます。周りにいる大勢の人々が誇らしげな
笑顔で連呼する「Merdeka(独立)!」を、父親に肩車された男の子も
いつしか一緒に叫んでいるのでした。

このCMについて、ある高位を占める人から 「なぜ、インド系ではなく、
マレー系の男の子を配役しなかったのか?」と聞かれたヤスミン・アーマド
監督は、「あら、彼はインド系でしたか?気がつきませんでした。私が見て
いたのは、彼がマレーシア人の男の子であることだけでしたから」と応えた
そうです。

もう1つは、中華正月を前に流されたCMで、高齢者の置かれた境遇に人々の
関心を向けるものでした。高齢の女性が親族一同が集まる中華正月の晩餐の
ため、一心に料理をしています。ところが、孫達を連れて訪れるはずの息子
も娘も1人として姿を現さず、食卓一杯に並べたごちそうが年老いた女性の
孤独をさらに募らせるというものでした。
 
この女性のモデルになった方か、実際にこの役を演じた方なのかは定かでは
ありませんが、監督は老人ホームで出会った実在の女性からヒントを得て、
このCMを制作したということでした。ところが、その女性の息子さんという
方が、子供達から全く顧みられない孤独な高齢者という母親の描かれ方に
立腹し、CMの放送を打ち切らないなら、裁判に訴えると威嚇したそうです。
でも、監督は一歩も譲らなかったとか。

ヤスミン・アーマド監督の映画をまだ2本しか観ていない私が言うのは僭越
ですが、映画監督としての彼女は「未完の大器」という印象でした。
これはマレーシア映画全般にも言えることなのですが、編集が未熟で、
冗長な印象を与えることが最大の難点ですし、台詞が突如として深遠になり
過ぎることもあり、ストーリー展開に水を差すこともあると感じていたからです。

でも、遺作となってしまった『タレンタイム(Talentime)』のレビューをいくつか読むと、
ヤスミン・アーマド監督の作品の良さも欠点もかなり客観的に見ていたと
思われる方達が、「過去の作品の弱点を克服している」と評価しているので、
DVDの発売を心待ちにしているところです。このポスターも多民族国家で
あるマレーシアの映画らしくて、なかなか素敵だと思いませんか?

Talentimeposter

・遺作『タレンタイム』のインド色の濃いバージョンのトレーラーはこちら

今年の東京国際映画祭ではヤスミン・アーマド監督を偲び、
『タレンタイム』+『ヤスミンCM作品集』が上映されるそうです。
10月21日の上映後の質疑応答のゲストには、
『タレンタイム』で音楽を担当したピート・テオさんと、
ヤスミン・アーマド監督の妹、オーキッドさんが、登壇を予定されているそうです。

10/17 10:50 - 12:59 (開場10:30)
六本木会場 [TOHOシネマズ 六本木ヒルズ Screen2]

10/21 17:00 - 19:49 (開場16:40)
六本木会場 [TOHOシネマズ 六本木ヒルズ Screen2]

それでは、両日とも都合がつかないという方のために、
ヤスミン・アーマド監督が制作した一連の心温まるCM作品の中でも、
世界各国で高く評価された
恋するタン・ホンミン(Tan Hong Ming in Love)」をご紹介します。

このテレビCMは、小学校1年生の
中国系男子タン・ホンミン君が、マレー系のクラスメート、ウミ・カズリナ
ちゃんに寄せる恋心を、学校でのインタビュー形式で描いた素朴な作品です。
世界3大広告賞の1つ、カンヌ国際広告賞金獅子賞や、ニューヨーク広告
業界クラブ賞金賞など、「洗練」の究極にあるような先進国の広告業界
関係者がなぜ、この作品に惹かれたか、まずはこの動画をご覧ください。

以下、節訳です。
(Hはホンミン君、Iはインタビュアー[英国アクセントから推測して、
 これは監督本人の声ではないでしょうか?]、Uはウミちゃん)。

H:彼女の名前はウミ。ウミ・カズリナ。僕、好きなんだ。
I:どうして好きなの?
H:イヤリングしてて、ポニーテールで、かわいいから。
I:彼女に何て言いたい?
H:僕とデートしませんか?ロマンチックなディナーはどうかな?
I:君が好きだってこと、彼女は知ってるの?
H:知らないよ。
I:どうして?
H:秘密にしてるから。
I:どうして?
H:皆に知られたくないもの。
I:なぜ知られたくないの?
H:笑われるから。
I:どうして皆は君を笑わなくちゃならないの?
H:彼女が僕を好きじゃないからさ。
(ここでウミちゃん登場)
U:私の名前はウミ・カズリナです。
I:貴方の親友は誰?
U:タン・ホンミン。
I:彼のこと、好き?
(照れてモジモジするウミちゃん)
I:ボーイフレンドはいるの?
(うなずくウミちゃん)
I:誰?
U:タン・ホンミン。
(パッと輝くホンミン君の顔。興奮冷めやらぬまま、ウミちゃんを促し、
カメラに背を向け、足取りも軽く遠ざかっていきます)
(エンドロール)
「子供達は人種の違いを意識しません」
「彼らをそのままにしておくべきではありませんか?」
 
ヤスミン・アーマド監督は亡くなる直前、2007年の東南アジア競技会に
向けた選考会を完走後急逝した17歳のシンガポール人トライアスロン選手、
サディアス・チョン君を描く映画『Go, Thaddeus!』の制作準備を進めていました。
 
また、今年の秋には、石川県を舞台にした日本・マレーシア合作映画
『ワスレナグサ』の撮影に入るということになってもいました。

シンガポールや日本を舞台にした映画の制作で、さらに活動と表現の幅
を拡げるはずだったヤスミン・アーマド監督の死は、マレーシア映画界
にとってだけでなく、多様な世界に生きる私達にとって、大きな損失で
あることは間違いありません。

ヤスミン・アーマド監督本人のブログ(英語)はこちらです。

東京国際映画祭関連の記述は、2006年11月19日付けのところにあり、
監督の優しさや少女のような純粋さが伝わってきます。掲載されている
写真の笑顔も本当に素敵で、いまだに彼女が亡くなったことが信じられません。

この2006年11月19日付けの投稿を読んで、私が「へえ~」と思ったのは、
監督に同行した『ムクシン』の主演、ムクシン役を務めたモハマド・シャフィー君
のお宅は経済的に恵まれず、クアラルンプール国際空港まで彼を見送りに
いくことができなかったため、出発前日、彼が監督のお宅に一泊した話や、
海外旅行が初めてだった彼とお母様が涙ぐんで別れを惜しんだという記述。

また、黒澤明賞を受賞したミロシュ・ファアマン監督が、
チェコの大学生だった時に見た黒澤監督の『生きる』に、
どれほど感動したかという受賞スピーチについて、
「これを聞くだけでも、授賞式に参加した甲斐があった」と語っていることです。

東京滞在中は、回顧展で4作品の上映後の質疑応答、記者会見、テレビ局の
インタビューと、超過密スケジュールをこなしたヤスミン・アーマド監督ですが、
日本の観客について「一般の映画ファンと批評家から成る日本の観客は
非常に頭がいいと言わざるを得ない。私達が映画の中で描く人間性の諸相に関し、
はるかにスケールの大きな質問をしてくる。
クアラルンプールで開かれるフォーラムで私を攻め立てる、次元の低い、
非難めいた質問とは明らかに違う。
道理で日本の映画産業は我が国のはるか先を行っているはずだ」
と語り、同映画祭に参加したインドネシアの映画人達の間の、気の置けない、
親しい関係をうらやましく思っている様子も伝わってきて、
海外で脚光を浴びる一方で、監督がどれだけ自国の映画界や
社会の一部から寄せられる非難に心を痛めていたかもわかりました。

ヤスミン・アーマド監督のご冥福を心よりお祈りします。


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受信: 2009.09.30 16:02

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